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日々のくらしのなかで、感じたことをゆるーく書き留めています。

エッセイESSAY 2026~


安心と安全

 昔の電車は、線路の継ぎ目でガタンゴトンとリズムを刻み、揺れながら走行するのが当たり前でした。そのうち、継ぎ目の音は消えて揺れも少なく、実にスムーズに走行するようになりました。新幹線は285kmで走行しても静かで揺れないため、怖がりの私でも怖さは感じません。技術の発展は人の暮らしを豊かにし、安全と安心を実現しています。
 先日、赤羽から横浜まで湘南新宿ラインを利用しました。乗ってしばらくするとちょっとした違和感を覚えました。他の路線よりも車両が小刻みに蛇行し揺れているのです。大崎と川崎の間では恐怖を覚えるくらい揺れて高速に思えました。後で調べてみると、この区間は直線のため120km/hで走行しているそうです。また路線の一部は貨物列車用の線路を走行するそうで、他よりも揺れるのかなと思いました。怖がりの私だけが不安に思ったのかも知れません。もちろん、安全走行に問題はないと思いますが、怖がりでも安心して乗車できる路線にして欲しいと思いました。




呉市海事歴史科学館

 呉市に「造船」が芽吹いたのは奈良時代(8世紀)だそうです。朝廷から遣唐使船建造を命じられたことが発端と言われています。戦国時代には優れた造船技術で瀬戸内海には水軍が誕生し活躍しました。明治になると、植民地化を恐れた日本政府は、富国強兵に舵を切ります。四方を海に囲まれた日本にとって、外国との戦争に海軍はなくてはならないものでした。明治19年には呉港に第二海軍区鎮守府が設置され、軍艦を製造するために日本一の海軍工廠が作られました。瀬戸内海の島々が自然の要塞となり、後ろには山があるため敵が攻め難い場所というのが置かれた理由だそうです。呉湾は第二次世界大戦中には、戦艦「大和」を建造した軍港であり、海軍の重要拠点でした。戦後は世界最大級のタンカーがいくつも建造され、日本の復興を支えたのでした。
 呉市海事歴史科学館は「大和ミュージアム」の愛称で知られています。明治以降の「呉の歴史」と造船・製鋼を始めとした「科学技術」を紹介する博物館として2005年に開館しました。開館後11ヶ月で来場者は160万人となったそうです。地方の博物館は通常、年間10万人来場すれば大成功と言われています。大和ミュージアムは開設以来20年間に亘り、常に年間90万人を迎える希代の科学館なのです。
 名物は、1/10の戦艦大和の模型です。この模型は、史実を忠実に反映した研究成果物です。いまも新事実が発見されるたびに改造が続けられています。2026年4月23日のリニューアルオープンでは、大胆な改造がなされました。例えば、これまで艦首のサイズは、菊のご紋(直径1.5mと信じられきた)を元に再設計されていました。ところが、沈没した大和の海中写真から直径1mだったことが判明したのです。船首部は全て作り直したそうです。
 戸高館長のこだわりは随所に見られるそうです。例えば、実際に甲板に使われた板幅は15cmですが、模型では15mmになります。そうなると、実際の木材では木目の模様が見えなくなってしまいます。そこで木目が1/10に再現できるように、色目が同じ別木材を探して作られました。また、使われていたロープのねじり方向が右か左か判明すれば、これも忠実に模型に反映させたそうです。来場者にはいずれも視認できず、気づいてもらえない細部の再現です。
 戸高館長はご著書のなかで「来場した子供達が、戦艦大和はかっこいい!と思って興味をもってくれたらそれで良いのです。」と書かれています。その意図は、そこから技術や戦争に興味をもち、やがて平和について考えるようになり「戦艦大和はかっこいい!」だけではないところに、将来、子供達が到達してくれることを願っているそうです。そのはじめの一歩が、”興味を持つ”ということなのだそうです。さらに、子供達が正しく”到達してくれる”ためには、戦争を知らなければ平和を考えることができないとおっしゃっています。また、正しい知識が与えられなければ、正しく考えることができないともおっしゃっています。そして他の博物館にはないと思うのですが「歴史には誇らしい良い歴史もあれば、不都合でだめな失敗の歴史もある。どちらも正確に示すことが大事」という重要なお考えをお持ちです。この科学館は、技術をとおして戦争を知り、平和を考えるための優れた施設なのです。
 この科学館ならば、後世に託せると確信したので、あるものを寄贈することにしました。それは、小生の手元にある恩師から預かったセピア色のノートです。恩師が戦時中に東京帝国大学(造兵学科)で学ばれたときに自作した講義ノートです。昔の帝大生は学んだ講義ノートを製本して生涯大切に持っていたそうです。そこからは、日本を背負っていく強い使命感をくみ取ることができます。後世に伝えるべき学術遺産だと思います。この講義ノートが後世の研究者の役に立てば、恩師も納得して頂けると思います。また一つ気持ちにけじめをつけることができました。



相棒

 君との出会いは、劣等生の僕が22才になったばかりの頃でした。不思議な縁で君と出会い、それから苦楽を共にし、君は僕に素晴らしい世界のあることを教えてくれました。君との出会いで僕は、それまで想像もしていなかった冒険の旅に出ることになったのでした。まさに運命的な出会いでした。生来怠け者の僕の日常に、君は某かの意味を持たせてくれたし、彩りまでも添えてくれました。
 一時、僕は君と離れなければなりませんでした。一緒にいることを強く願ったのですが叶いませんでした。でも、いつも君のことは忘れませんでした。いつか、また一緒に何かやろうと思っていたのでした。数年が経って、僕は縁あって海の見える田舎町に移り住みました。そのとき、君が体調を壊していることを知り、すぐに呼び寄せることにしました。大手術を3回しましたが、君は健康を取り戻せませんでした。ところが切実な願いは叶うもので、たまたま仲間が原因を突き止めてくれて、君は驚くほど元気になったのでした。その海の見える田舎町で、再び君とタッグを組んで面白いことができたことは、とても大きな喜びでした。
 ある日、一本の電話がかかりました。この電話で僕はこの大好きな田舎町を離れるか否かの選択を迫られたのでした。この満ち足りた田舎生活を捨てれば、茨の道が待っていることはわかっていました。生来怠け者の僕は、大いに怖気付きましたが、一方で劣等生の自分が「冒険の旅は終わってしまったのか?」と余計なことを問いかけてくるのでした。結局、僕の中の劣等生が勝って、大好きだった海の見える田舎町を離れることになったのでした。そのときも、君は僕に黙ってついてきてくれました。
 君は昨年までの40年間、僕の相棒でいてくれました。しかし、寄る年波には勝てず、君は余力を残して静かに現役から身をひいたのでした。今朝、6人の人たちが君を迎えに来ました。あっという間のお別れでした。君のこれからが幸多きことを願っています。僕も来年は引退。一つ一つけじめをつける年になりそうです。



古代青銅鏡研磨の研究2

 青銅鏡は現存する最古の金属研磨品です。これを研究することで、温故知新の諺が教えるように将来技術の開発ヒントが得られるかも知れません。何が飛び出すか、わからない研究ですが数年前から少しずつ実験的なアプローチをしています。御陰でこれまで、いろいろな興味深い経験をさせてもらいました。今後、機会あるごとに少しずつお伝えできればと思っています。
 文献を元に、古代鏡と同組成の青銅を川口の鋳物屋さんに頼み込んで精錬してもらいました。荒れた鋳肌を研磨で削り取るのは、かなりの時間を要しました。その後の天然砥石での研磨では、一擦りすると黒いとぎ汁が出て、均等で美しい曇り面を形成していきました。天然砥石に目詰まりはありませんでした。次の工程は研磨炭(木炭)を使った研磨です。岩石からなる砥石で形成した傷を取り去って、緻密で美しい曇り面を形成していきます。この研磨炭ですが、馴染みがなく、作れる製炭師も数名しかいません。そのため、福井県の山奥まで製炭師に炭について詳しいお話を伺いに行ったこともありました。研磨炭の使い方や加工効果については、鏡を製造された経験のある職人さんや、日常、研磨炭を使っている漆器工芸作家にお話を伺いました。突然やってきた異分野の研究者に対して、皆さん、とても親切に接してくださり、懇切丁寧に教えて下さいました。
 最後の仕上げは、酸化鉄(赤さび)を菜種油やごま油と混ぜて真綿で行う「拭い」(研磨)です。みるみる間に鏡面になって行くのが面白く、また古代人が見ていた鏡だと思うと感慨深いものがありました。ところが、この「拭い」は、ある段階で鏡が曇ってしまうことがわかりました。合金なので金属組織の硬度さが段差をつくる原因でした。あらためて文献を調査すると「研磨材は秘伝」だそうです。やはり先人も同じ問題に直面したものと思われます。どう克服したのか先人との知恵比べをすることになりました。得られた知見は、多結晶材料の無断差完全平面創成に役立ちます。これは実際に再現実験をしてみないとわからなかったことでした。
 一方、根本的な問題として、「どこまで磨いたらよいのか?」ということがわかりません。半導体基板の研磨なら、機能発現から目標値は明確です。青銅鏡だってその役割、意味がわからなければ目標値は定まらないのです。結局、考古学、宗教、風俗から調査し、類推する必要に迫られました。自分の浅はかさを反省した次第です。御陰で神社の神主さん、鏡を磨いた職人さん、考古学研究所の研究員など異分野の方々とカルチャーショックを感じながら交流する貴重な機会となりました。追々、ご紹介できればと思っています。




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